事故体験記の裏話➁
- kyo
- 2021年9月12日
- 読了時間: 5分
石川さんは当サイトでストーリーという事故体験記を書いています。
事故の当日から両足切断に至り、様々な合併症を経て退院となりました。12話で第一章が完結し、次回から第二章がスタートします。
今回は対談形式でその裏側を聞いてみました。
(同シリーズ⇒事故体験記の裏話①)
インタビュアー(以下Q):「ストーリーの第一章が完結しましたね。たくさんの反響をいただいていますが、今回はその裏側を思う存分語っていただきます。」
石川(以下A):「実はストーリーには載せられなかったエピソードがたくさんあります。医療ミスであったり、個性的な入院患者や看護助手の話であったりと…。全部載せてしまうととてつもない長さになるので、ほとんど省いています。」
「医療ミスについては、数えきれないほどありました(笑)。夜中に点滴の針が外れて、床一面血だらけになったことがあるんです。一晩中出血して、ベッドも床もトマトケチャップみたいでした。翌朝6時に看護師が気付いたかと思えば、その話が主治医に伝わっていなくて、午後3時に僕の顔が真っ青なのに気付いて、慌てて1.2ℓ輸血されました。もしかしたら失血死していたかもしれませんね。」
Q: 「それはもう事故ですね…。医療事故による訴訟件数は2000年代あたりからぐんと増えています。1995年というと、医療水準も低かったのではないかと思われます。」
A: 「たられば話になりますが、もし僕がもっと都心の病院で治療を受けていたら…と、ふと考えます。田んぼに落ちた時点でガス壊疽菌の症状を疑い、最初から設備が整った病院に送られていたら、足ももっと残せたかもしれない。破傷風にならなかった可能性もある。そう考えると、もう少し楽だったのかなぁと悔しい気持ちもありますね。」
Q: 「一番最初の手術のあと、一般病棟の個室で放置されていましたよね。(第4・5話参照)今だったら集中治療室で様子をみたり、ガス壊疽の所見があれば抗菌薬を投与したり高圧酸素療法をしたり、何かしらできることがあったのではないかと考えてしまいます。」
「手術にも怖い思い出はありますか?」
A: 「今でも緊急手術の映像を見るのは怖いほど、トラウマになっています。一番最初の手術中に『麻酔追加して!足りないよ!』っていう緊迫した声が聞こえてきたり、足に冷たいものをかけられた感覚があったりして、恐ろしい記憶として今も残っています。」
Q: 「麻酔が手術中に切れるなんて、考えただけでも恐ろしい…。」
Q: 「医療ミス以外にも印象的な出来事はありましたか?」
A: 「ずっと忘れられない出来事が入院中の入浴ですね。2人の若い看護婦さんが僕を運んで、はいじゃあ脱いで~ってとっても楽しそうで。16歳の僕はこっぱずかしくて仕方なくて、さすがに局部は自分で洗いました。右手はギプス固定をしていたので、片手でなんとか。」
Q: 「そうだ、右手についてはストーリーでほとんど触れられていませんよね。」
A: 「右手は酷いものでしたよ。事故直後、手のひら全体と手首が真っ黒になっていて、中指が10cmくらい伸びて曲がっていました。神経も伸びてしまって、親指・人差し指・中指が今でも痺れています。僕はその3本の指でバイクのブレーキレバーを握っていたんです。おもいっきりブレーキを握った状態で振り回されたので、引き抜き損傷になったんでしょうね。よく千切れなかったと思いますよ。手首は脱臼骨折、肘は野球肘のように骨折していました。」
Q: 「すさまじい。治療はどうだったんですか?」
A: 「治療は後回しでした。全身状態が悪すぎて、腕の治療どころじゃなかったと主治医に言われました。治療をしていないからギプスもせず、そのおかげで点滴の針を両腕に刺せたようで、逆に都合がよかったみたいです。右手を放置しすぎて、退院後に内出血を繰り返していましたけどね。」
Q: 「左手一本で、どのように生活していたんですか?」
A: 「左利きのトレーニングをしました。今後左手しか使えないと思っていたので、必死で箸の使い方や文字書きの練習をしました。そうして食事をとれるようになると、次は排泄に繋がりますよね。…入院中、どうやって排便していたと思います?」
Q: 「尿カテーテルやドレーンなど管だらけの状態だし、座位はとれないし…オムツでしょうか?」
A: 「ゴム製のオマルをお尻の下に敷いて、仰向けのまま排便していました。最初は出せなくて戸惑いましたよ。人は何かあったとき、一番困るのが排泄行為だと知りました。寝たきりや震災時でも、排泄が問題としてあげられるのにも納得です。」
Q: 「よくその右手の状況で、両足切断で…家に戻れましたね。大変でしたね。」
A: 「当時の僕はどうしても帰りたかったんですね。それはもう執念に近い。もしも右手が引き抜きで麻痺になっていたら、僕はどうなっていたかな。普通の生活も大変ですし、断端の短さからいって歩けていなかったかもしれない。杖が持てないですからね。でも僕のことだから、義足歩行はチャレンジしていただろうと思います。」
Q: 「本当に石川さんは生粋の“義足ウォーカー”ですね。」
Q: 「今後のストーリーはどうなっていきますか?」
A: 「僕も周りも歩けると期待して、義足リハビリが始まります。でも上手くいかなくて挫かれます。その様子を赤裸々に書くつもりです。当時の担当PTやPOが見たら、あまりに酷くて青ざめるんじゃないかな。当時作ってもらった義足や僕の写真も載せていきます。」
Q: 「一章は“闘病”というイメージでしたが、二章はどんなイメージですか?」
A: 「二章のテーマは“怒り”です。義足リハビリ以外に、日常生活のことも書いていきます。当時の障害者を見る目がどんなものかを思い知るし、友達と疎遠になっていくし…暗くてジメジメした話が多くなるかもしれません。」
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